las tonterias de una soñadora

思ったことを    少しずつ

Tuesday, October 17, 2006

いぬのはなし

 ぼくの名前は、「ロン」。六人家族の家の玄関に、いる。今年、三才になった。
 それにしても、だ。なんで、ロンなんだ。人間ってのは、本当、ぼくらを軽く見ている。自分の子どもたちには、ややこしい字の名前をつけるのに。うちのお姉ちゃんが、ワープロとかで「ろん」って打ったら「論」って出てきたって話してた。つまんない名前だ、まったく。
 人間には適当にしっぽを振って、ご飯をもらう。こっちは家を守ってやってるんだから、愛想をふりまかなくてももらえるのは、当然のこと。ま、もっとも、心からうれしいことも、ないことはないけど。散歩に行くときとか、はき古したスリッパをもらうときとか。
 ぼくは朝と夕方に、散歩に行く。朝はおじいちゃんと、夕方はおにいちゃんと。おじいちゃんはあんまり速く歩くとついてこれない。足が悪いんだそうだ。犬は犬なりに気を使う。おにいちゃんとなら、気にせずに走ることができる。途中、駄菓子屋に寄るけど。去年までは毎日つれていってくれた。でも、春からは、一日おきになった。学校から帰って別の鞄を持って出かけている。ついていこうとしたけど、無理だった。勉強をしているんだって。
 散歩には、ぼくらにとって大きな意味がある。仲間と、会うことだ。電柱に、ちょっと失礼。みんなのにおいがある。そして道で会うと、お互いのにおいをかいで元気を確かめあう。今日は元気だ、風邪ぎみだとか。みんな仲良しだ。守っている家、食べるものも違う。毛の長さも、しっぽの巻き方も違う。だけど、ぼくらの社会では、みんな、「いぬ」なんだ。
 だけど、やっぱり、いやなやつもいる。名前は「シロ」。五つ目のかどを右に曲がって、三つ目の家にいるやつだ。小さいときは白かったらしいが、今では毛先が黒くて、白かったおもかげもない。
 おじいちゃんは、散歩の途中、シロの家のとなりに住んでいる、将棋仲間のおじいちゃんと立ち話をする。待たないといけないぼくは、いやでもシロと目があってしまう。やつは、ぼくを見てむやみにほえてくる。ほかの仲間にもそうだ。目をあわさないようにしているんだけど、あいつのほうからしかけてくる。だけどしかられるのは、ぼくだ。朝から、気分が悪くなる。

 二週間ほど前のある日、おじいちゃんが入院して、かわりにお母さんが散歩につれて行ってくれるようになった。ぼくは、お母さんを引っぱって、わざと違う道を行くようにした。
 それから一週間ほどたって、うちのとなりのマルチーズのハナちゃんが、こう言った。
 「最近、シロ、おかしいみたいなのよ」
 ぼくは、なんだか気になった。いやなやつだけど、気になった。お母さんを引っぱって、よく通った道へと進んでいった。お母さんとおじいちゃんの将棋仲間と話している間、ぼくはシロの家をのぞいてみた。
 あれ、いないの? ほえないぞ。いや、シロは、いた。小屋から鼻だけ出していた。頭の横のアルミのおわん。その中には、いつのかわからないご飯と、昨日の雨が入っていた。
 シロはぼくに気づいて、こっちを見た。ぼくは一歩、あとずさりした。ほえたててくると思ったからだ。でも、シロはほえなかった。ゆっくりぼくを見て、また、目を閉じてしまった。

 その日一日じゅう、シロのことが気になった。夕方の散歩も行きたくなかった。おにいちゃんはぼくを引っぱって歩いた。朝とは違う道だけど、シロからますます遠ざかる気がした。
 晩ごはんを食べおわり、まんまるのお月さまがものほしざおを飛び越えた。空は晴れて雲ひとつない。ぼくの生まれたところの空には、いっぱいいっぱいのお星さまがあった。ここでは、お月さまは一人で空にいる。なのにあんなに明るく笑っているのは、なぜなんだろう。
 ぼくは、このお月さまをみんなに見てほしかった。お月さまにも、ぼくのこと、そしてシロのことに気づいてほしかった。ぼくは思いきって、大きな声でほえた。
 「みんな、空を見ようよ」

 あれから一週間がたった。昨日病院から帰ってきたおじいちゃんは、今朝からさっそくぼくの散歩につきあってくれた。前より、もっともっとゆっくりだけど、ぼくもあせるのをおさえてつきあった。
 おじいちゃんは前とおんなじように立ち話を始めた。ぼくもシロの家をのぞいてみた。
 シロは、こっちを見た。ゆっくりと立ち上がって、おすわり。一度ゆっくりしっぽをふったとき、家の中から声がした。
 「シロ、ごはんよ」

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